最近はNoteで記事を頑張って書いてます。
なぜ乗り換えてみたのか?というと、「なんとなく」が9割と、MacBook Airを買ったのでなにか新しい事を始めてみたいと思ったのが1割です。
これまで、こういったテキストコンテンツは、Hatena Blog、Scrapbox、Noteと遷移してきたのですが、特にその時に思った事や、日記に近いのを書いてました。
読んでいる人からすると記事が分散しているし、Scrapboxなんて、もう一人称が「僕」とか「自分」がぐちゃぐちゃで、エッセイぽくもないし「どれが本体なんだ?」と思うかもしれないです。
個人的には「全部本物」というのが答えなんですが、過去の記事を読むと混乱するのもよくわかります...。
これは自分が大学時代に読んだ「私とは何か――「個人」から「分人」へ」の影響をうけたのもあるのですが、自分は割と人に合わせた顔を複数持つのが"嫌いでない"方だと最近気づきました。
一方で、これは悪い意味での八方美人と思われそうなのですが、ちゃんと「No」と言える自分もいたりで、この「分人」気質な考えが気に入ってます。
これはHatena Blog、Note、Scrapboxも一緒で、書いている本人は一緒なのですが、コンテンツを乗せるプラットフォームによって自分はその時の顔を変えている(?)と、Noteに乗り換えてみて思ったのでした。
具体的になにがあるのか?と思った時に、自分は「余白」だと思ったのです。
言葉で伝えるのが難しいのですがHatena Blogはめちゃくちゃ便利です。
Markdownでかけるなんて左上から、すぐ押せばできますし、右タブには常にリンクを挿入できる機能があります。便利ですよね。
一方でNoteって、不親切な方でなんにもガイドがないんですよ。真っ白。
プラスアイコン(+)を押すと、色々でてくるんですが、それ以外は「さぁどうぞ!」って言って投げ出されたような。そんなイメージです。
でもその分、白いキャンバスが広くて、とりあえず書いたらなんとかなりそう。
タイピングを始めたらそれは日記かもしれないし、レビュー記事かもしれないし、エッセイかもしれない。
そんな感じでNoteはこれまで書いてきたコンテンツプラットフォームに比べて余白があって、それが良い意味でも、悪い意味でも自由と思った次第でした。
この記事で僕が伝えたかったのは「Hatena Blogの方が劣っている」とか、「Noteの方が優れている」という事を伝えたいわけではなく、そんな事をふと思ったので只々書いてみました。
今後、この「Endo Tech Blog」はどうなるのか?というと「わからない」が本音です。
ただ自分で言うのもあれですが、ここで書いた自分の記事って、今の自分を形成した証拠でもあるので閉鎖はしないと思います。
(個人的な自分がすきな記事)
ただ、まぁ「fendo181.me」のドメインが勿体ないので、そこだけはずかなぁ~。
Noteでさんざん記事を書いて「もういいや!」となったら戻ってくるかもしれないし、別の媒体にいってるかもしれませんね。
そんな感じで一応しばらくはNoteで記事を書いてますという置き手紙を残したく書いたのでした!
今日はそんな感じです。
ではまた!